抗がん剤・放射線治療と食事のくふう

症状と対策

下痢の解説

抗がん剤の治療中、下痢が続いたり、便秘と下痢をくり返す症状に悩まされることがあります。放射線治療でも、おなかや骨盤内に照射したケースでは、下痢に悩まされることが多いようです。下痢が続くと体力を消耗し、必要なエネルギーが摂取できなくなり、脱水症の危険もあります。栄養と水分の補給に務め、体力を消耗しないよう生活にも注意します。

  • 下痢で悩む患者さんの声

    放射線治療のための5週間の通院の途中、下痢と痛みに苦しんだ。
    副作用とわかっているが、電車で帰る時、何回も途中下車した。

    外科手術、ホルモン治療の後、現在放射線治療を行い、下痢と頻尿で長時間の通院時のトイレの確保が悩みの種だ。

    抗がん剤を7か月飲んだが、下痢と口内炎に悩んだ。

    抗がん剤の治療後ずっと下痢状態が続き、おなかが気持ち悪い。

    抗がん剤治療で、点滴終了後、1週間~10日間は大腸が正常に戻らず、下痢と便秘を繰り返すので困った。

  • 医師から「ひどいときは点滴が必要なことも」

    抗がん剤で腸の粘膜が損傷されると下痢が起こります

    抗がん剤によって胃腸の粘膜が損傷を受けると、下痢が起こりやすくなります。薬の種類によっては投与後すぐに起こることもありますが、一般には、投与して2~10日後に起こります。一部のトポイソメラーゼ阻害薬による下痢は症状が強く出ることがあるので要注意です。その他、下痢を起こしやすい薬は、一部のフッ化ピリミジン系抗がん薬、葉酸代謝拮抗薬、白金製剤などです。

    腹部や骨盤内への放射線治療でも起こります

    放射線の照射範囲が腸を含む腹部や骨盤内の場合は、下痢が起こることがあります。症状が出てくるのは照射開始後2~4週間ころです。放射線によって腸の粘膜細胞の働きが悪くなったり損傷を受けたりするためです。

    まず医師に報告してください。治療を要することもあります

    下痢をほうっておくと、栄養不足に加えて脱水症状を招き、体力も免疫力も大きく低下して、病状を悪化させることがあります。症状が強ければ、まず医師に報告して指示を得てください。それでも強い症状が続くようなら、水分と電解質の点滴をすることもあります。

    ストレスも影響するので神経質にならないように

    胃腸の働きはストレスに影響されやすいので、下痢が治らないのではないか、がんの進行や再発と関係あるのではないかなどと不安に思うと、いっそう悪化しかねません。医師、看護師、栄養士などのアドバイスを受けながら、リラックスできるよう心がけましょう。

  • 看護師から「水分を十分補給し、衛生管理にも注意します」

    脱水症に注意してこまめに水分をとりましょう

    下痢が続くと、体の中の水分が不足する心配があります。特におう吐が重なると多量の水分とともにカリウムなどの電解質が失われ、心臓に負担をかけることがあります。少し冷ました白湯(さゆ)やイオン飲料を少しずつ何回もとり、水分と電解質を補給します。医師や看護師から対処方法を聞いているときはその方法にそって行動しましょう。まったく食事がとれない、おう吐と下痢が続くなどのときは、病院に連絡しましょう。

    おなかを冷やさないよう、1枚プラスしましょう

    おなかが冷えると下痢をしやすくなります。いつもより下着を1枚増やしたり、靴下を厚くするなど配慮しましょう。夏場は電車内や室内の冷房に注意が必要です。弱冷房車を利用し、室内でも冷房の風がおなかに当たらない場所を選びます。女性はスカーフやショールを持ち歩きましょう。薄くても1枚おおうだけで、冷え方が大きく違います。

    おしりを清潔に保ちましょう

    下痢が続くと、皮膚のトラブルが起こりやすくなります。また肛門周囲の粘膜が荒れると、特に白血球(好中球)低下時は、感染を起こしやすくなります。
    トイレ後、温水洗浄便座などで洗浄する、あるいは清浄綿(赤ちゃんや介護が必要な人用のおしり拭きシートなどもあります)などで強くこすらず押し当てるようにしてきれいに保ちましょう。なお、温水洗浄便座はお湯の勢いで弱った肛門周囲の粘膜に刺激になり、痛みが出ることもあります。そのようなときは、お尻拭きシートなどを押し当てるようにするとよいでしょう。外出時は、携帯用のおしり洗浄器で流すようにすれば肛門周囲への刺激は少なくてすみます。

  • 栄養士から「水分と、カリウムも、こまめに補給しましょう」

    1日にコップ8~10杯分を少しずつ飲みます

    下痢をしているときは、水分をとると下痢がひどくなりそうで怖いかもしれませんが、下痢のときこそ水分補給が必要です。ただ、腸の粘膜が過敏になって、水分の再吸収能力が低下しているところに、冷たい水分を一度に大量に注ぎ込むような飲み方は避けましょう。適温は室温から人肌くらい。1日に2リットルくらいまでの量を、1回に一口か二口くらいの少量ずつ、こまめに飲むのがコツです。

    水分を補給するポイント

    • 白湯やお茶だけでなく、イオン飲料も飲みましょう。
    • イオン飲料は室温にして飲みましょう。
    • 少量ずつ、こまめに飲みましょう。
    • 牛乳、かんきつ系のジュースは下痢やおう吐を誘発しやすいので控えましょう。
    • フルーツゼリーやゼリータイプの栄養補助食品(「栄養補助食品(濃厚流動食を含む)の特徴と選び方」参照)もおすすめです。

    注)一部のEGFR(上皮成長因子受容体)阻害薬や降圧剤などの服用中はグレープフルーツはジュースでも避けましょう。

    市販のイオン飲料など活用しましょう

    下痢が続いているときの水分補給は、水分とともに失われた電解質を補ってくれるイオン飲料がおすすめです。イオン飲料にはいろいろな種類がありますが、ナトリウムとカリウムが補給できる基本のタイプで充分です。ナトリウムイオンは、ブドウ糖やアミノ酸をいっしょにとると吸収が増すので、市販のイオン飲料のほとんどは甘味が加えられています(「栄養補助食品(濃厚流動食を含む)の特徴と選び方」参照)。

    イオン飲料とは

    電解質をとかした嗜好飲料です。電解質とは、水にとけたときに電離して、プラスとマイナスのイオンを持つ物質をいいます。体液中には、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどがあり、これらをとかした飲料が、イオン飲料です。スポーツ飲料は、汗で失われる電解質を補給することを目的としたイオン飲料の一種です。

    カリウムは神経伝達や筋肉活動を支えるミネラル

    カリウムは、筋肉の収縮や心筋の正常な活動に深くかかわる重要なミネラルです。
    体液は血液のほか、細胞外液と細胞内液に大別されます。細胞外液に最も多い陽イオンはナトリウム、細胞内液に最も多い陽イオンはカリウムです。この2つの濃度差によって神経伝達に必要な電気的変化が生じます。そのため、カリウム不足になると全身に脱力感を感じることがあります。さらに不足すれば、筋力低下や不整脈、神経症状や精神症状が起こることもあります。血圧の調整にもかかわっています。
    したがって、カリウムとナトリウムはバランスよくとることがたいせつですが、日本人は一般にナトリウムをとりすぎる傾向があります。下痢などで脱水状態が起きても、カリウムが不足しやすいので注意しましょう。
    なお、腎機能が悪化している場合には、カリウムが過剰になり、全身状態を悪化させるので、カリウムの摂取量を制限しなければならないことがあります。

    栄養士から「食事は、たんぱく質とカリウムを優先します」

    低脂肪高たんぱくの食事を心がけましょう

    食欲が少しでも出てきたら、できるだけ早く食事を再開して栄養をとるようにします。まずとりたいのはエネルギー源になる主食です。おかゆやうどんなど、胃腸を刺激しない食事から始めます。次いで加えたいのは、傷ついた粘膜を修復するたんぱく質豊富な食品です。胃腸に負担を与える脂肪ができるだけ少なく、必須アミノ酸がそろった良質たんぱく質食品を、やわらかく調理してとるようにします。

    ガスの出やすい食品も控えておきましょう

    脂肪の多い食材や料理、甘味の強い菓子などは胃腸に負担をかけるので控えます。また、不溶性食物繊維の多い食材(「便秘の解説」の【栄養士から】を参照)は腸の蠕動運動を高めるので症状を悪化させます。腸内で発酵しやすい食品もガスを発生させて腸を刺激するので控えましょう。

    排便と食事を記録しましょう

    食事の記録もつけておくと便利です。「何日目になればおちつく」とか「これを食べたら調子がよかった」などをメモしておくと、次回の参考になります。医師や看護師に症状を伝えるうえでも役立ちます。巻末の副作用チェック表食事日記などを活用してみてください。

    控えたい食品

    繊維が多くてかたいもの

    ごぼう、れんこん

    高脂肪食品や料理

    揚げ物、うなぎのかば焼き

    腸内で発酵しやすいもの

    豆類、キャベツ、さつま芋、栗

    刺激物

    香辛料、アルコール、炭酸飲料、カフェイン飲料

    最も手軽なカリウム源は果物。魚は蒸し物、野菜は汁物に

    カリウムは果物や野菜のほか、肉や魚、海藻にも豊富です。ただ、カリウムは水にとけるので、ゆでたり煮たりすると3割以上失われます。したがって、生で食べるのがいちばん。果物や生野菜は損失が少なくてすみます。果物の酸味や野菜の食物繊維による刺激が心配なときは、果物はやわらかく煮たコンポートに、野菜は汁ごと食べられるスープや汁物にするとよいでしょう。
    魚もカリウムの損失が最も少ないのは刺し身ですが、感染や香味野菜の刺激を考えると、蒸し物がいちばんです。電子レンジでの調理もおすすめです。

    低脂肪高たんぱく質のおすすめ食品

    卵、豆腐、鶏肉、はんぺん、白身魚

    カリウムの豊富なおすすめ食品

    バナナ、メロン、すいか、りんご、山芋、ほうれん草、かぼちゃ、枝豆、里芋、ひじき、まぐろ、かつお、さわら、納豆